2013年11月8日金曜日

11月8日官邸前 あいかわらず 元気!!
伊方原発再稼働反対!玄海、川内やめろ!  原発輸出するな!トルコに売るな!
 官邸前、午後7時10分
官邸前
   
            官邸前
官邸前 午後7時10分                

2013年9月8日日曜日

被爆者の証言に心動かされた
こんなことが二度とあってはならない!
       原水爆禁止2013年世界大会に参加して

二度と繰り返さないとの
決意を奮い立たされた

青山昂平 (東京学生ツアー事務局長、中央大学法学部法律学科4年)
長崎まで、バスで片道20時間。参加者はみな疲れたと言いながらも、全世界の代表の発言に大きな刺激を受け、学生同士で夜遅くまでそれぞれの思いを語り合っていた。 
特に被爆者の方の話は本当に衝撃的で、大きく心を動かせられた。自分の受けた言語に絶する惨劇を、多くの人に伝えようと、まさしく身を削って話されている方を目の前にして、こんなことを二度と繰り返させてはならないという決意を奮い立てされた。
 今回の世界大会では、歴史に学ばない日本政府の異常性が際立ったと思うが、この政府を動かす世論を作っていくために、学生はまだまだ大きな力を秘めているだろう。多くの人たちに事実を「発信」し、人間と人間がお互いを認め合う平和で公正な社会をつくるため、東京の学生で大きな運動を起こしていきたい。学生ツアーで出会ったかけがえのない仲間たちとともに。

被爆の惨禍を二度と繰り返さない社会を
    椎野 (東京民主医療機関連合会)
  原水爆禁止世界大会に参加し、国際政治が「核兵器の非人道性」に焦点を当てた議論を行っていることを知りました。3月のオスロ国際会議、4月のNPT準備委員会ともに、非人道性についての議論がなされたことが海外代表から報告されました。
核兵器を軍事バランスの側面で語ることにとどまるのではなく、きのこ雲の下で何が起こっていたか、事実に基づいた視点で核軍縮に臨んでいるとのことです。被爆者の方々の証言や長い闘いが、大きな力となってきたことを実感しました。
山口仙二さんが亡くなったこと、オリバーストーン監督のメッセージ等からも、被爆者の方々の証言を継承し続けていくことの重要性を改めて感じました。被爆の惨禍を二度と繰り返さない社会にしていきたいと心から思います。

 核兵器廃絶へ
“日本政府が変われば世界が変わる” 
石村和弘
(東京原水協事務局長)
 全都の皆さんのご支援で706名の東京代表団が広島・長崎に行き、大奮闘しました。国際会議では私が、世界大会長崎閉会総会では足立原水協の青木佳子さんが発言し、横田基地撤去や署名運動への決意を述べました。
 今年の世界大会は、被曝70周年であり、核不拡散条約再検討会議が開かれる15年に向けて、「核兵器廃絶を求める巨大なうねりをつくりだそう」(国際会議宣言)、必ず「核兵器のない世界」への扉を開こうと、熱気あふれる討論がくりひろげられました。
 被爆国日本での署名運動を大きく成功させれば、日本政府を、核兵器廃絶の先頭に立たせることができ、核兵器のない世界へとつながります。東京での2百万署名達成への決意をさらに固める世界大会参加となりました。 
13年世界大会長崎閉会総会で発言する足立原水協の青木佳子さん

2013年7月25日木曜日

日中戦争・太平洋戦争終戦(敗戦)特集
戦争の後始末のたたかいは終わらない
最高裁決定に怒り、「空襲被災者等援護法」(仮称)制定に全力
               東京空襲遺族会会長 星野 弘
 
最高裁、司法の任務放棄
さる2013年5月8日、最高裁は、「本件上告を棄却する。本件を上告審として受理しない」と決定を出しました。その内容は、まったくなく、人権侵害と被害回復を判断する司法の任務を放棄したものです。原告団・弁護団は抗議声明を出し、最高裁門前で抗議の意思を表明しました。当日開催した報告集会では原告達は「たたかいは終わらない」と決意を述べ、国会に向けた100万人署名の促進、広く共同と連帯をすすめる活動を推進することを決めました。 
 高裁「立法で解決すべき問題」
6年余の裁判の中で、東京大空襲の無差別爆撃の惨状を告発し、事実審議を重視し、専門家証人や弁護士の援助で頑張り、裁判は棄却されましたが、裁判の到達点は、①深刻な「被害を認め被害者の心情に理解」、②国家の道義的責任を認める、③「戦争被害受忍論を書かせなかった」など成果を上げました。また高裁は地裁判決を引用し「国民自身が自らの意思に基づいて結論を出すべき問題、すなわち国会が様々な政治的配慮に基づき、立法を通じて解決すべき問題」と指摘しています。この到達点は、多数の原告の証拠調べの実現、証人・弁護団の論戦と世論の高まりの中での到達点です。 
民間人も軍人も法の下での平等をとの道理にあった「遺族に願い」への支持と共感も一定のひろがりが作られました。
 マスコミも最高裁決定直後に「政治の責任で救済に動け」(西日本新聞)、「政治が人道的決着を」(東京新聞)など社説で支持を表明し、国に対してその実現を求め、多くの新聞も好意的報道をしています。 
全国連帯した取り組みに
全国空襲被害者連絡協議会は、ひきつづき大阪大空襲訴訟団、沖縄戦被害者特措法訴訟団と連帯し、また、沖縄、九州、大阪、愛知、千葉、東京三多摩、首都圏などに拡大された組織の総力をあげ、「空襲被害者等援護法」(仮称)の実現と、国会議長宛の「立法実現をめざす署名」の推進、超党派の議員連盟の結成をめざした、要請行動などの促進と、各種団体との共同のたたかいに全力を上げています。 
軍人・軍属には54兆円支給
戦後68年、軍人・軍属には、54兆円を超える国費を投じ、現在も年金、補償を続けています。ところが、民間人には救済も補償もまったくしていません。
空襲死者は50万人を大きく超え、全国で1,000万人の被災者を出し、傷ついて傷害者となった人、親、兄弟を失い天涯孤独の孤児となった人々は、筆舌につくせない戦後生活を送り、今もその労苦を引きずって生きています。さらに、国立の追悼碑も資料館すらもありません。 
各国は軍人・民間人等しく救済
国際的には、戦勝国イギリス、フランス、敗戦国ドイツ、イタリアも軍人・民間人を等しく救済、補償をしています。これが世界の常識です。この日本政府の不条理を正すことこそ、死者の人権と、平和を守る道です。 
たたかいは終わらない
今、安部内閣は憲法改悪、国防軍の創設をと戦争の惨禍を繰り返す道を進もうとしています。最高裁棄却決定をうけた原告たちは怒りを新たに「たたかいは終わらない」決意を述べ「死ぬに死にきれない」「平和な日本を孫子の代に届けよう」と決意を新たにしています。多くのみなさんの変わらぬご支援、ご協力をお願いします。


 鬼から人間へ

 2年前に亡くなられた小山一郎さんは、1940年から1945年、侵略戦争に従事、シベリア抑留を経て、中国に移され撫順戦犯管理所に拘留、中国政府の寛大な措置で起訴免除、1956年に帰国。
 帰国後、侵略戦争の実態の証言活動を続け、日中友好と平和のために尽力。第一次安倍内閣の07年に冊子「一兵士の加害と反省の記・戦争証言 鬼から人間へ」を発行。安倍内閣の歴史認識が再び問われるもとで、冊子の一部(要約)をご紹介します。

銃剣刺突訓練
半年間の初年兵教育の後期に入る頃、いきなり「刺突訓練」が行われました。日本軍が「敵性地区」と決めている集落に初年兵40名、古参兵40名で進軍したとき、「初年兵集合!」の号令がありました。集落の広場の樹木に78人の中国人が目隠しされて縛られていました。八路軍(中国共産党が指揮していた軍)の情報を教えろと言っても教えなかったから「親日的でない。生かしておけん」となったのです。
「これから貴様らを一人前の兵隊にしてやる!」と中国人たちを銃剣で刺し殺すよう命令。一人の中国人を兵隊67人で代わる代わる突き刺した。古参兵の「突撃!」の号令で10メートルほど走って突くのです。
皆はじめてなのでうまく急所に達せず、肩や脇腹を刺されて真っ赤な鮮血にまみれて呻いている。死ぬまで何度も何度もやり直しさせられた。古参兵が「これで貴様も一人前の兵隊になったな」と言いました。
そうです、私は生まれて初めて生身の人間を殺したのです。それもごく普通の農民を。
これは、当時の中国の前線部隊ならどこでも中国人を捕まえて「刺突訓練」で虐殺し、作戦中に抵抗なく人殺しができるように生身の人間を刺し殺していたのです。 
三光作戦
 八路軍は、住民が応援して日本軍の動きを通報するので、いくら追ってもだめ、引けば待ち伏せ攻撃してやられるで大変日本軍は被害を受けました。広大な農村地帯はすべて八路軍の影響下にあった「敵性地区」でした。その「敵性地区」を徹底的に殲滅するというのが「三光作戦」(殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くす)の趣旨でした。
 私たちの部隊は1943年秋頃に山東省沂水(いすい)という街を中心に八路軍の根拠地を殲滅させる命令を受けました。第59師団総出の作戦でした。出発の際、部隊長から「これから行く地域は敵性地区である。人という人は皆殺しにせよ!家という家はすべて焼き払え!役に立ちそうな物資はすべて奪え!二度と根拠地として使えないようにしろ!」という訓辞でした。タイマツを銘々で用意し、ある村を夕暮れどきから襲いました。150200軒の集落がいくつも点在していますので広いです。何千人でタイマツを持ち、「突撃!」「進め!」で日本兵がいっせいの火つけ競争したのです。粗末な藁葺きの農家は簡単にメラメラと燃え上がり、一晩中、競い合うように家々に放火して回りました。私だけでも20軒ほど放火したでしょうか。
 侵略軍は、逃げ遅れた婦人がいれば強姦したり、戦友と一緒に輪姦したりして、その後で銃剣で刺し殺しました。「死人に口なし」です。
 5年の間に部落討伐を何十回と行いました。 
ウサギ狩り作戦(中国人の強制連行)
アジア太平洋戦争に突入し総力戦になると、兵器、弾薬、物資が欠乏し、男子を兵隊として大量動員した結果、工場や炭坑などの労働力にも影響、東條内閣は「華人労務者内地移入ニ関スル件」を1942年に閣議決定しました。
 この閣議決定を先取りして、山東省駐留の第12軍作戦として、第59師団の私たちの部隊に中国人を捕縛する命令が下されました。
 9月の東平湖西方作戦では、銃剣の先に日の丸を結びつけた何万の兵隊が10メートル間隔で広がって「ワオー!ドウー!」と一斉に大きな声を張り上げて徐々に追い詰めていくのです。15歳から50歳ぐらいの労働に適した男たちを次々に捕まえてはロープで縛り上げました。私たちの大隊では約300人の中国人を捕まえました。
 11月の魯東作戦では、山東半島を根本から岬の突端まで囲い込むように行い、私たちの中隊では約300人の中国人を捕縛。牛、馬、豚も大量に略奪したので、鉄道の駅まで連行された人間、牛馬豚の行列が延々と続きました。翌朝まで煉瓦造りの小さな倉庫に全員を押し込めることにしました。立錐の余地もないほどギュウギュウに詰め込みました。翌朝、点呼のために倉庫のドアを開けたところ、約半数の中国人たちが酸欠状態で死んでいました。生き残っていた中国人たちもバタバタ倒れていて虫の息状態でした。  
この作戦全体で約8000人の中国人をとらえたのです。以下略

「鬼から人間へ」500円。申込みは下記FAXへ 
          鰐部明氏 39080506
  

2013年5月3日金曜日

  連休後半第1日目でも
     元気いっぱい 5月3日官邸前
  原発やめろ!今すぐとめろ!
  再稼働反対!
             官邸前 午後6時5分
ファミリーエリア 6時20分
官邸前
    
         官邸前~国会記者会館前
      
          国会記者会館前
官邸前
国会記者会館前 子どもを守れ、未来を守れ


2013年4月30日火曜日

 「生命いのちを生みだす母親は
 生命を育て生命を守ることを
 のぞみます」のスローガンを
 平和憲法に重ねて60年
      東京母親大会連絡会委員長 八巻 暁美 
母親大会、
水爆実験反対運動の中から誕生
母親大会は、1954年3月1日、ビキニ環礁で行なわれた水爆実験に抗議し、「核戦争から子どもを守ろう」と世界に呼びかけたことをきっかけに生まれました。
ですから私たちの運動の中心には、いつも憲法9条がすわっています。また、一昨年の福島原発の事故は、日常生活の中にも核の不安があることを突き付けました。
ところが、昨年末に行われた総選挙では、自公政権が復活し、維新・みんなの党など原発推進・改憲勢力が3分の2以上を占める結果となりました。
 安倍首相は、就任直後から「集団的自衛権の行使、憲法96条が定めた憲法改定の発議要件を緩和し9条改定を」とことあるごとに強調しています。これは、第2次大戦の尊い犠牲の上に築き上げてきた戦後の民主主義を根底から覆すもので、絶対に許すことはできません。
昨年は1000人の参加   
昨年は「輝け!いのち 生かそう憲法」をテーマに活動を進め、12月の東京母親大会では1000人の参加者で学びあいました。今年はその学習を生かす年と、大きく運動を広げ、憲法連絡会はじめ様々な団体の皆様と協力し、街頭宣伝や地域母親大会での学習、女性の憲法アピールなどの取り組みをすすめています。
「集まれば元気、話し合えば勇気」
また、母親大会は「生命を生みだす母親は  生命を育て  生命を守ることをのぞみます」のスローガンを平和憲法に重ね、「戦争から平和を守り、憎しみから友情を守り、死から生命を守る」ために、母親・女性のあらゆる願いを持ち寄り、「集まれば元気、話し合えば勇気」と交流し、学び、行動し、仲間の輪をひろげる場として、今日まで地域で、職場で運動を積み重ねてきました。そして、毎年12月8日、日本全国で平和を守る連鎖行動を展開しています。東京では午前は有楽町マリオン前で、正午からは御茶ノ水駅頭での宣伝・署名活動、また東京の各地域でも街頭宣伝・赤紙配りを行い、冬の風物詩として定着しています。
今年は東京開催
第1回大会以降、毎年日本母親大会を重ね、今年は第59回日本母親大会を東京で迎えることになりました。
8月24日(土)午前12時より全体会(幕張メッセ)、8月25日(日)午前10時より分科会(日比谷公会堂、プラザF、二松学舎大学、他)で準備をすすめております。全体会では「憲法のいきづく国に―私たちに求められるものは」をテーマに伊藤真さんに語っていただきます。翌日は教育、くらし、平和、女性運動など30の分科会に分かれ、各地の運動を交流し、学びあい、未来を展望していきます。皆さんのおいでをお待ちしております。そのためにも、6月、7月にある都議選・参院選で平和憲法を守る勢力を躍進させましょう。大会成功はそのことがあってこそと、日々の活動のモットーとしています。
             

2013年4月5日金曜日

  4月5日 官邸前行動
  コール!!原発いらない! 
  日本のどこにもいらない!
  再処理やめろ!もんじゅもやめろ!                4/5 官邸前 午後7時45分
国会正門前スピーチエリア 午後7時35分
ファミリーエリア 午後7時30分
官邸前 午後7時45分ごろ  
         原発54基 自民党の罪は重い 
         原発と国民を甘く見てはいけない     
  国会前 清志郎通りに「かくめい喫茶」  
   

2013年3月10日日曜日

「生活保護の切り下げ」は許せない!
   想像以上に深刻な
      生活と健康の実態

 東京都生活と健康を守る会連合会 
        副会長 秦 一也

「事故住宅」にも申し込みが殺到
餓死や孤立死が北海道、埼玉、そして東京では立川など全国で頻発しています。しかし、これが新聞やテレビにでるのはまさに「氷山の一角」です。
 都営住宅の空き家募集に「事故住宅」と呼ぶのがあります。年3回行われ、この募集は「病死等で発見が遅れた住宅」及び「自殺等があった住宅」の募集です。病死翌日発見、不詳の死約4日後発見、飛び降り自殺、縊死翌日発見と記載されています。この1年で約3百戸の募集が行われましたが数十倍で申し込みが殺到しなかなか当たりません。都営住宅の新規建設はゼロが続き、低所得者の住める安心安全な住宅は見通しすらありません。
想像以上に深刻
都生連へも切羽詰った相談が後を絶ちません。ある県の民商の人から電話で、東京にいる会員の息子(54)の様子を見てきて欲しいと。アパートを訪ねると、会社が倒産して職がない、国保料滞納で医者に行けない、先日も目が覚めたら病院のベッドにいた。お金がないので医者の止めるのを振りきって飛び出した。もうやけくそだよと、肝硬変に腎臓も悪いというのに、酒をあおりながら話をしている。今後の約束をするだけがやっとでした。
 低所得者、貧困者の実態は想像以上に深刻です。ところが、「生活保護バッシング」キャンペーンが行われ、生活保護の受給を困難にする状況がつくられています。

 意図的な生活保護バッシング
足立区の生活保護の受給について、次のような記事が載りました。
 【足立区の直近の生活保護費は420億円で、区民税収入の374億円を越している。受給者は約26000人で都内23区では最も多い。その背景には、保護内容の手厚さがある。都内に住む30代の単身男性の場合、生活扶助83700円と住宅扶助53700円で合計137400円を毎月受け取れる。さら医療費は無料、水道料金の減免という優遇措置もある。同じ額を稼ぐためには都内の最低賃金並みの時給850円で18時問、20日間働かなければならず、しかも税金や公的保険料を引かれる。これでは生活保護が減るはずもない】
この記事には、重大なウソと作為があります。①生活保護の3/4は国から出ており、区で負担しているのはl/8です。収入は区民税だけ、支出は国のも含めた数字を作為的に並べ、恐怖をあおっています。②失業や健康状態などを具体的に検証せず、働くことより生活保護の方がいいと強弁し、不正受給が横行しているような印象を与えています。③不正受給は許せません。しかしその割合は0.4%です。しかも統計の中身には子どものアルバイト料金が多く入っているなど、意図的に高く見せようとしています。(子どもたちにキチンと教えていません)

 餓死や孤立死が
後を絶たないのはなぜ?
諸外国との比較では、日本の生活保護受給率や補足率も非常に低いのです。
 いま、心配すべきことは、不正受給より、生活保護を受けなければ、人間らしい生活や生きていけない人たちが、生活保護受給者の数倍も存在し、この「漏給」によって餓死や孤立死があとを立たない状況にあることです。
 原因は、貧富の格差を広げ貧困を「自己責任」とする考えがつくられ、弱肉強食の「無縁社会」がつくられているからです。
 
貧困をなくし
住みよい東京。日本を!
貧困や弧立化は他人事ではありません。苦しみや困難を抱えた多数の人たちが団結する必要があります。
 東京都生活と健康を守る会連合会はその規約第1条に「この会は、低所得者を中心とする地域住民の生活と健康、権利の保障を、国や地方自治体、大企業にむけて要求し、実現することを目的とします。」と独特の規定を持って活動しています。
 みなさんといっしょに生活保護や年金、最低賃金などの社会保障と賃金を大幅に改善し、貧困をなくし餓死や孤立死などのない、住みよい東京・日本をめざしています。

2013年3月1日金曜日

  3月1日首都圏反原発連合 官邸前
  雨模様の中 元気いっぱいにコール
  原発いらない!どこにもいらない!
  大飯原発、今すぐ止めろ!
  伊方原発再稼働反対!
  上関原発建設反対!
  子どもを守れ!ふくしま守れ!
  農業護れ!漁業守れ!   
              3月1日 午後6時30分  官邸前
3月1日 午後7時 国会正面前
官邸前 午後6時30分     
            ホラ貝でコール?
            国民の願いは原発ゼロ 





豊島区からも参加