2019年7月23日火曜日


高まる日米地位協定改定の気運
 平和新聞編集長 布施祐仁 


今、日米地位協定の抜本的な改定に向けた機運が高まりつつあります。
 全47都道府県の知事が参加する全国知事会は昨年7月、日米両政府に対して日米地位協定の抜本的な見直しなどを求める「提言書」を全会一致で採択しました。
 これを受けて、全国の自治体議会でも日米地位協定の改定を求める意見書の採択が相次ぎ、採択自治体は今年7月までに7道県152市町村にのぼっています(安保破棄中央実行委員会調べ)。採択は米軍基地のない県でも広がっており、長野県では、全78自治体中41と半数を超えました。これは、これまでになかった動きです。
 国政においても、7月の参議院選挙において、立憲民主、国民民主、共産、社民の野党各党がいずれも日米地位協定の改定を公約に盛り込みました。
 また、政権与党の公明党も昨年8月、日本政府に対し、日米地位協定の見直しを提言しました。
 しかし、肝心の日本政府は、口では「日米地位協定のあるべき姿を不断に追求する」と言いながら、実際には「運用改善」で対応する従来の姿勢を変えていません。
 日米地位協定の改定を実現するためには、さらに世論と運動を高め、改定に後ろ向きな日本政府の姿勢を変える必要があります。

 
 全国知事会の「提言書」は、「日米地位協定を抜本的に見直し、航空法や環境法令などの国内法を原則として米軍にも適用させることや、事件・事故時の自治体職員の迅速かつ円滑な立入の保障などを明記すること」を求めています。
 日本では、在日米軍の活動に航空法や環境法令などの国内法が適用されず、米軍機による低空飛行訓練や基地周辺での環境汚染が大きな社会問題となっています。米軍が日本の主権に制限されずに日本国内で自由に活動できる特権を保障しているのが日米地位協定なのです。
 米軍は、日本の航空法が禁じる高度150メートル以下の低空飛行や、市街地に囲まれた基地でのパラシュート降下など危険な実戦的訓練を繰り返しています。こうした訓練は、アメリカ本土ではもちろん、米軍が駐留する他の国でも許されていません。
また、沖縄県の嘉手納基地周辺では、湧き水や河川が発がん性のある有害物質で高濃度に汚染されていることが明らかになり、一部で使用できない状態になっています。沖縄県は3年前から同基地への立ち入り調査を求めていますが、米軍が認めず実現していません。このような理不尽な対応も、他の国ではあり得ないことです。
沖縄県は一昨年、当時の翁長雄志知事の指示で、米軍が駐留する他国の地位協定に関する調査を独自に開始しました。文献による調査だけでなく、実際に職員をドイツ、イタリア、イギリス、ベルギーの4カ国に派遣し、関係者にヒアリングを行って地位協定の運用実態を調査。その結果をまとめた報告書を今年4月に公表しました。これを読むと、日本とのあまりの違いに驚くばかりです。
 イタリアでは、かつて米軍機による低空飛行訓練が問題になっていましたが、米軍機がロープウェイのケーブルを切断して乗客ら20人が死亡した事故を機に、米軍機の飛行に対する規制が大幅に強化され、低空飛行訓練はできなくなりました。
このような規制ができたのは、米軍がイタリア国内で活動する場合、イタリア側の事前承認を受けることと国内法を順守することが二国間協定で義務付けられているからです。沖縄県のヒアリングに応じたランベルト・ディーニ元首相は「ここはイタリアだ。米軍の全活動にはイタリア軍司令官の許可がいる」と言い切りました。ドイツでも同様に、米軍機の訓練にはドイツ側の承認とドイツの法令順守が協定で義務付けられています。
米軍基地で環境汚染が発生した場合の対応についても、基地の管理権をイタリア軍司令官側が持つイタリアでも、協定に立ち入り権が明記されているドイツでも、受入国側がいつでも基地内で調査することが可能となっています。ドイツでは地元自治体の職員がいつでも基地に入れるように、「年間パス」が発給されているといいます。
目を見開かされたのは、協定にイタリアやドイツのような明文規定がないイギリスやベルギーでも、米軍の活動にそれぞれの国の国内法が適用されていることです。
イギリスでは、英空軍の規則で外国軍隊の飛行を禁止・制限できると規定しており、ベルギーでは、1990年の航空法改正で外国軍隊の低空飛行を禁止しました。改正当時、ベルギー国防省の官房長を務めていたミシェル・マンデル元空軍大将は、沖縄県が行ったヒアリングに「『ベルギーの航空法を守る必要がない』というように考えるような外国空軍はなかった」と話しています。
基地への立ち入りについても、地元自治体には当然認められているという考え方がとられています。ベルギーの米軍基地の広報官は、沖縄県のヒアリングに「周辺自治体のの首長が基地内への立ち入りを希望した場合には、当然許可する。基地はベルギーの国土内にあるのだから」と語っています。日本での対応とはえらい違いです。
こうした事実から言えるのは、明文規定がなくても、外国の駐留軍には原則としてその国の国内法が適用されるのが「世界の常識」だということです。万国国際法学会の事務総長を務めたこともあるベルギーの国際法学者ジョー・ヴェルオーヴェン氏は、沖縄県のヒアリングに、「一般的に、特別な取り決めがない限り、駐留軍には受入国の国内法が適用される」と明言しています。
 一方、日本政府は「一般国際法上、駐留を認められた外国軍隊には特別の取決めがない限り受入国の法令は適用されない」(国会答弁)という立場をとり続けています。驚くべきことに、「世界の常識」とは180度異なる国際法の解釈で国民をあざむき、治外法権とも言える米軍の理不尽な特権を容認してきたのです。
 ベルギーのように慣習法としての国際法が通用しないのであれば、やはり協定に国内法適用や自治体の立ち入り権を明記する必要があります。そうしなければ、国民の命と人権は守れません。 
根底に存在する日米安保の本質 
 トランプ米大統領は最近、「アメリカは日本防衛の義務を負っているのに、日本にアメリカ防衛の義務がないのは不公平だ」と日米安保条約に対する不満を重ねて表明しました。
 この発言の一つのねらいは、米軍の駐留経費を日本が負担する、いわゆる「思いやり予算」の増額を日本に要求する布石だと思われます。
 「思いやり予算」を払う根拠となっている「特別協定」は来年度末で期限が切れるため、協定更新のための交渉が近く始まる予定です。
 日本は毎年、約2000億円の駐留経費を負担しています。この額は世界でも断トツで、日本以外の主要な米軍駐留国の負担をすべて足した額を上回っています(グラフ参照)。それでも、強く要求すれば日本はもっと出してくれるとでも思っているのでしょうか。
 そもそも、日米地位協定には米軍の駐留経費はアメリカが全額負担すると明記しています(24条)。協定上は日本に支払う義務のないお金なので、「思いやり予算」と呼ばれているのです。
 なぜ日米地位協定は、米軍の駐留経費を全額米側が負担すると規定しているのでしょうか。それは、アメリカにとって米軍の日本への配備は、第一にアメリカの国益のためだからです。
 1990年代に米議会で日本が日米安保にただ乗りしていると批判が高まった時、当時国防長官だったディック・チェイニー氏は「(米軍駐留が)日本のためというのは正確ではない。日本で空母部隊を維持する方が、合衆国の西海岸で維持するより安上がりだからだ」と発言しました。
 日米地位協定をめぐっても、その不平等性を日米安保条約の「片務性」と関連付けて正当化する論調も今後出てくると予測されます。それに対しては、米軍の駐留は日本防衛のためではなく、日本を拠点に米軍をいつでもアジア・中東地域に展開できる態勢を敷き、グローバルなアメリカの国益と覇権を守るためのものであるという日米安保の本質を多くの人たちに知らせていくことが重要になってくるでしょう。それは日米安保体制のあり方を見直す契機にもなります。